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無防備に寝ている母の姿に我慢出来ずに、うつ伏せバックで生姦した息子【エッチ体験告白】

俺は1人っ子で
運送屋で働いている19歳です。

親父もトラックドライバーで43歳。

母親は45歳の姉さん女房で専業主婦。

母は昼間はほとんどパチンコ屋で
遊びに出かけているw

俺がセックスと言う意味を知ったのが、
小学4年の時。

親父は朝の5時に仕事に出掛けますが、
金曜日の朝4時からが両親のセックスタイム。

仕事まえに一発抜く親父w

結構キツい仕事で年食ってるのに
親父すげえ元気だなぁ~って
笑えてくる。

中学1年生の時、トイレに行こうしたら、
両親の部屋から母親の変な声が聞こえて来て、
やってるよとその時は思っただけで感心も無かった。

金曜日の朝だけは母親が起きて来ないので、
部屋に見に行くと寝ていて、

「ごめんね、お母さん疲れてるからもう少し寝てる、
自分で勝手に食べて学校行ってね」

と、何で金曜日だけは起きて来ないのか、
その時初めて理由が分かりました。

俺の童貞喪失は遅く、高校3年の時。

それも友達が連れて来たヤリマン女。

でもやっぱり気持ちいい。

1週間後に彼女が出来て、
ヤリまくっていました。

それが去年のクリスマス、
「好きな人が出来たから別れて」
とアッサリと捨てられて、またセンズリ生活。

それが1ヶ月も続くと女とヤリたくてしょうがなかったです。

2月の第1金曜日の朝、親父が仕事に行きました。

今でも両親のセックスが続いているのは分かっていました。

寝室に行くと母親は気持ち良さそうに寝ていました。

暖房も効いていて、部屋は暖かく、
暑いと母親が上掛け布団を捲りました。

母親は全裸で、
この歳でなら良い身体だと思いました。

オマンコが見たくなって、
両膝を持ち上げてみましたが、
母親は全く起きる気配はありません。

そのまま足を拡げると、
まだ親父とのエッチの余韻が残っていて
おまんこ汁でアソコがねっちょりと濡れている。

ビラビラは開いていて、
かなり黒ずんでいるけど中はピンク色。

クリトリスは赤く大きく、
既に勃起してました。

我慢できずにパンツを脱いで
チンチン握ってオマンコに当てると、母親の声が、

「あんた、2回戦出来るなんて珍しいわね」

と、チンチンを握って来ました。

顔を上げてませんでしたので、
どうやら親父だと思ってるみたいでした。

母親をうつ伏せにして、お尻を持ち上げながら
うつ伏せバックから入れてしまいました。

腰を動かすと、柔らかい母親のお尻とに当たり
パンパン音が鳴り響き、興奮しまくった俺は
お尻を鷲掴みにして、お尻を広げて
アナルを凝視。

自分の経験は2人だけしか知らないけど、
母親のオマンコの方が絞まります。

背中に顔着けて、右手で胸を揉みました。

「アン、いいわぁ、オマンコの奥もっと突いて」

俺は我慢出来ずに中に出してしまいました。

でも勃起は収まらず、
そのまま突き続けました。

母親の声が大きくなって

「イク、イクわ、イッチャウ」

オマンコが凄く絞まって2度目の発射。

中はグチャグチャでチンチン抜いたら、
中からドロドロと精液が。

母親の手がオマンコに行き、

「さっきより出てない?こんなに出たの久しぶり」

出して冷静になった後、俺は我に帰ってました。

母親としてしまった、どうしようと。

「ごめん、ごめんなさい、どうしよう」

母親は

「アンタだったの、道理でオチンチン硬いと思った、
ザーメンも多くて、」

「どうしよう、中に出しちゃた」

「それは大丈夫、お父さんいつも中出しよ、
妊娠なんてしないから。それより気持ち良かったんでしょ、
射精したんだから、お母さんは別にいいよ、
アンタがしたいなら」

「ダメだよ、それは後悔してるし、ごめんね」

「バカ、後悔するな。もう1回するよ」

小さくなったチンチン握って、
フェラを始めてくれて、

「ほら、元気になった、今度はお母さんが上ね」

上に股がり、チンチンを握ってオマンコの中に。

「どう?お母さんのオマンコ。
20年振りかな、お父さん以外のオチンチン入れたの、
そうだ、仕事は大丈夫なの?」

「今日休み、3連休だよ」

「それならゆっくり出来るわね、
罰としてお母さん10度以上逝かせる事、あと最低6回よ」

結局、昼までヤリ続けてしまいました。

最後にお母さんが

「溜まって出すところ無いなら
お母さんの中に出しなさい。いつでも良いからね」

後悔どころか、土日以外の朝は、
親父が出た後しています。

多分彼女が出来ても
母親との情事は続きそうです。

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